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近代文学史(久米依子) のバックアップ(No.11)
概要
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| 欠席の扱い | |
| 教育実習? | 必要書類を提出すると、欠席がなかったことになる。 |
| 法定伝染病 | |
| 入院(長期間) | 考慮 |
| 就職活動 | |
| 法定伝染病以外の病気 | 欠席の連絡は不要(欠席扱い) |
| 授業形態 | 対面授業 |
| 日程/教室 | 月曜日 三限目/3206教室(三号館二階六番教室) |
★前近代から近代へ
前近代の特徴⋯身分制,移動の制限(上流階級も下層階級も土地に縛られる。)
日本では上からの改革で解消。
しかし、因習が残る。(例:家父長制→親の許しがなければ結婚できない。)
| ▼ | 近代以前の文学 |
★近代以前の文学
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| ▼ | 啓蒙期の文学 |
★啓蒙期(幕末から明治初期)の文学
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★新体詩
新体詩
明治後期に口語自由詩が現れる以前の文語定型詩。
多く七五調で、明治15年(1882)に外山正一らの「新体詩抄」に始まり、北村透谷・島崎藤村・土井晩翠どいばんすいなどの作によって発展、
やがて近代詩の確立とともに単に「詩」と呼ばれるようになった。
↑長い和歌という感覚だった?
森鴎外が詩はもっと美しいものだとして反対⇨『於母影』
★小説
坪内逍遥『小説神髄』
明治一八~一九年(一八八五‐八六)刊。小説の改良をめざし、その新指標を示した。
勧善懲悪主義など小説の功利的な見方を排し、人間の内面を描くことを第一義とし、
世態、人情、風俗などを写実的に表現することを主張。近代における最初の文学理論書。
→人情の描写は小説の大事な役目
二葉亭四迷『浮雲』
明治20~22年(1887~1889)発表。
明治中期の功利主義や官僚制の中で挫折ざせつしていく青年の姿を、言文一致体で描いたもの。
近代写実小説の先駆とされる。
→大いに手本とされた。
| ▼ | 舞姫 |
舞姫
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| ▼ | 擬古典主義文学と硯友社 |
擬古典主義文学と硯友社
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『文學界』
キリスト教系浪漫主義
恋愛を重視する考えは、日本にはなかった。(色恋という概念はあった。)
浪漫主義の流れ
森鴎外:ドイツで学ぶ。後に歴史小説や反自然主義小説へ
泉鏡花:幻想的な作品を書く。恐らく独自で浪漫主義のような文学を作り上げた。『文學界』の人。
北村透谷:『文學界』の人。
樋口一葉:女流作家
| ▼ | 樋口一葉 |
樋口一葉
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| ▼ | 詩歌 |
詩歌
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| ▼ | 月並俳句とその革新 |
月並俳句とその革新 鶏頭の十四五本もありぬべし いくたびも雪の深さを尋ねけり(正岡子規) 生活や思いなどを詠む。(写実・写生) 正岡子規は俳句の改革を行った後、短歌(当時は和歌と呼ばれていた)の改革に着手した。 やがて賛同する人々が集まる。
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| ▼ | 浪漫主義から自然主義へ |
浪漫主義から自然主義へ
夢想しても、届かない。⇨自然主義
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| ▼ | 自然主義文学 |
自然主義文学
自然主義的な『破戒』(島崎藤村)は文壇に大きな衝撃を与えたが、
⇨情けなさや性を露悪的なまでに描き出した内容が大きな反響を巻き起こした。 |
『蒲団』 ⇨劣情を描く。これを機に、自然主義文学についての評論が多く現れた。
| ▼ | 反自然主義文学 |
反自然主義文学
以降、日本の自然主義は社会問題よりも私的問題を中心に描くようになる。
また、フィクションが入っているにも関わらず、作者の実体験が反映されていると読者に思わせた。
森鴎外は浪漫主義から反自然主義文学へ、更に歴史小説へ行った。現実を書かなくなった。
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