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中古文学史(袴田光康) のバックアップ(No.3)
概要
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| 成績割合 | |
| 2回の小レポート | 100% |
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基本的に代替課題や再試験はない。
教科書はない。
この科目は文理学部(学士(文学))のディプロマポリシーDP1及びカリキュラムポリシーCP1に対応している。
| 授業形態 | 対面授業 |
| 日程/教室 | 火曜日 三限目/3203教室(三号館二階三番教室) |
第8回と第15回の授業では課題研究(小レポート)を実施
日本文学史はドイツの文学史を手本とし、国学に基づく。
国民国家を前提としているにも関わらず、源氏物語をカノン(聖典)としている。
(カノン(聖典)は、研究者や世間が評価している物のこと。批判的な意味で使われる。)
源氏物語はスキャンダラスな内容であり、天皇制に挑戦的である。
なぜ、カノン(聖典)として扱われるのか。⇨小説であり、作者が女だから(ドイツの影響)
当時は和歌が最高位の文学
源氏物語は、和歌の素材に選ばれるので読まれた。
文学史は取り上げ方による。
プレテキスト(先行作品)がどう影響したか、どのような差異があるかに着目する。
沖縄やアイヌを中心にした文学史も存在し得る。
また、漢字や仮名といった文字の違いも着目できる。
文字の使用は、性といった属性に基づく。
| 上古 | 平安時代より前 |
|---|---|
| 中古 | 平安時代 |
| 近古 | 鎌倉時代・室町時代 |
院政期は武家が台頭し、それまでの王朝物とは毛色が違う軍記物といった文学が生まれた。
中古文学史では、9世紀から11世紀を取り扱う。
隋や唐から律令を導入したと同時に漢文化そのものを取り込んだ。
漢文化の受容は日本のみならず、漢字文化圏では一般的なことである。
律令国家では漢文学を学ぶことが重視され、文章も漢字のみで書かれた。(仮名はまだ無かった。)
六国史
紀伝体ではなく、編年体で書かれている。
史書 成立年 範囲 編纂 日本書紀 720年(養老4年) 神代から持統天皇代まで 舎人親王ら 続日本紀 797年(延暦16年) 文武天皇代から桓武天皇代まで 菅野真道・藤原継縄ら 日本後紀 840年(承和7年) 桓武天皇代から淳和天皇代まで 藤原冬嗣・藤原緒嗣ら 続日本後紀 869年(貞観11年) 仁明天皇代 藤原良房・春澄善縄ら 日本文徳天皇実録 879年(元慶3年) 文徳天皇代 藤原基経・菅原是善ら 日本三代実録 901年(延喜元年) 清和・陽成・光孝天皇代 藤原時平ら
古事記は国内向けの史書であり、支那の史書の書式である編年体ではなく、紀伝体で書かれているので、六国史に入らない。
(あくまで考えの一つ)
勅撰漢詩集
どんどん規模が大きくなる。
日本初の漢詩集は『懐風藻』であるが、『懐風藻』は勅撰ではない。
詩集 成立年 天皇 主な撰者 説明 巻 凌雲集 弘仁5年(814年) 嵯峨天皇 小野岑守、菅原清公ら 日本で最初の勅撰漢詩集 全1巻 文華秀麗集 弘仁9年(818年) 嵯峨天皇 藤原冬嗣、菅原清公ら 全3巻 経国集 天長4年(827年) 淳和天皇 良岑安世、菅原清公ら
⇒天皇中心の文学。文章経国の思想により文学は公的なものであるので、担い手は男性貴族だけ。
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