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中世文学講義(久保木秀夫) の変更点
#include(日本文学史・日本文学講義項目,notitle)
#contents
|BGCOLOR(#555):COLOR(White):200|520|c
|BGCOLOR(#fc2):COLOR(Black):''分類''|''国文学科選択必修A群&br;国語科教員(国文学科・中国語中国文化学科)選択必修/書道科教員選択br;日本語教育選択''|
|区分|[[国文学科]]科目|
|履修形態|一般(人数過多の場合は抽選)|
|履修条件|二年生以上|
|単位数|2|
|講師|[[久保木秀夫]]|
|学位等|学士(文学)|
*概要 [#Gaiyou]
藤原定家の文学事績について学んでいく。同時に百人一首(また百人秀歌)の精読をも行っていく。
また、古今和歌集・新古今和歌集・百人一首といった和歌作品、土左日記・伊勢物語・源氏物語などを取り上げる。
|>|成績割合|h
|~授業内テスト|50%|
|~授業参画度(毎回のコメント送信など)|50%|
教科書なし
この科目は文理学部(学士(文学))のDP4・CP4に対応している。
*講師の印象 [#Inshou]
*令和八年度(2026年度) [#jissinendo]
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**後期 [#kouki]
}}
#style(class=submenu){{
|BGCOLOR(#555):COLOR(White):200|520|c
|BGCOLOR(#fc2):COLOR(Black):授業形態|対面授業|
|日程/教室|木曜日 三限目/411教室(四号館一階一番教室)|
***第一講目の内容 [#kouki1]
授業の説明
***第二講目の内容 [#kouki2]
#region(保元の乱)
''保元の乱''
文学作品を読んでいるだけでは、当時が戦乱の世だったことが分かりにくい。
#br
保元物語は「保元の乱」を描いた作品である。
保元物語に「君と君との御中かくのごとし。臣と臣との御中また不快」と書かれていることから解る通り、
天皇家内部と藤原家内部のそれぞれに激しい対立があった。
#br
|天皇|代|続き柄|文学的功績|h
|白河天皇|72|後三条天皇の第一皇子|勅撰集を作る。(後拾遺和歌集・金葉和歌集)|
|堀河天皇|73|白河天皇の第三皇子|堀河院艶書合を主宰し、堀河百首を編む(組題百首の嚆矢)|
|鳥羽天皇|74|堀河天皇の皇子||
|崇徳天皇|75|鳥羽天皇の第一皇子|詞花和歌集|
|近衛天皇|76|鳥羽天皇の第九皇子||
|後白河天皇|77|鳥羽天皇の第四皇子|梁塵秘抄口伝集|
:天皇家の火種|
鳥羽天皇は院政開始後、藤原得子(美福門院)を寵愛して、得子との子である躰仁親王(近衛天皇)を即位させるべく、
崇徳天皇に迫り、譲位させた。
崇徳上皇の第一皇子である重仁親王を美福門院の養子に迎えたことで
近衛天皇が継嗣のないまま崩御した場合には、重仁親王への皇位継承も可能であった。
しかし、近衛天皇崩御後、父親でかつ成人している雅仁親王が即位したことで崇徳院政の望みは不可能となった。
:藤原家の火種|
道長の子孫である忠実には、忠通と頼長という子供がいた。
忠実は兄の忠通ではなく、弟の頼長へ「氏の長者」「内覧」の地位を与えた。
これにより、関白の忠通と内覧の頼長は激しく対立した。
因みに、忠通は法性寺派という[[書道>書道史・書道]]の流派を創始した人物である。
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#br
|戦い|>|保元の乱|>|平治の乱|h
|原因|>|上記|>|源義朝と平清盛の対立|h
|天皇家|崇徳院|後鳥羽院|>|後白河上皇|
|藤原家|藤原頼長|藤原忠通|藤原信頼|信西|
|源家|源為義|源義朝|源義朝||
|平家||平清盛||平清盛|
※勝った側は右
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平治の乱により、平氏政権が出来たが、源平合戦(治承・寿永の乱)で滅んだ。
#endregion
***第三講目の内容 [#kouki3]
***第四講目の内容 [#kouki4]
***第五講目の内容 [#kouki5]
***第六講目の内容 [#kouki6]
***第七講目の内容 [#kouki7]
***第八講目の内容 [#kouki8]
***第九講目の内容 [#kouki9]
***第十講目の内容 [#kouki10]
***第十一講目の内容 [#kouki11]
***第十二講目の内容 [#kouki12]
***第十三講目の内容 [#kouki13]
***第十四講目の内容 [#kouki14]
***第十五講目の内容 [#kouki15]
}}
*コメント [#comment]
#pcomment(,reply,20,)
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