<a href="https://nichidaibunrigojokai.swiki.jp/index.php?cmd=related&page=%E4%B8%AD%E5%8F%A4%E6%96%87%E5%AD%A6%E5%8F%B2%28%E8%A2%B4%E7%94%B0%E5%85%89%E5%BA%B7%29">中古文学史(袴田光康)</a> の編集
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> 中古文学史(袴田光康)
中古文学史(袴田光康)
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***第二講目の内容 [#kouki2] #region(中古文学史と漢字文化) ''中古文学史と漢字文化'' |~上古|平安時代より前| |~中古|平安時代| |~近古|鎌倉時代・室町時代| 院政期は武家が台頭し、それまでの王朝物とは毛色が違う軍記物といった文学が生まれた。 中古文学史では、9世紀から11世紀を取り扱う。 #br >''律令国家'' 律(刑法)・令(行政法)・格(補足や改正)・式(細則)といった法制度をもとに 君主を頂点とした官僚機構によって中央集権的な支配を行う国家 隋や唐から律令を導入したと同時に漢文化そのものを取り込んだ。 漢文化の受容は日本のみならず、漢字文化圏では一般的なことである。 律令国家では[[漢文学]]を学ぶことが重視され、文章も漢字のみで書かれた。(仮名はまだ無かった。) >''&ruby(りっこくし){六国史};'' 紀伝体ではなく、編年体で書かれている。 |史書|成立年|範囲|編纂|h |~日本書紀|720年(養老4年)|神代から持統天皇代まで|舎人親王ら| |~&ruby(しょくにほんぎ){続日本紀};|797年(延暦16年)|文武天皇代から桓武天皇代まで|菅野真道・藤原継縄ら| |~日本後紀|840年(承和7年)|桓武天皇代から淳和天皇代まで|藤原冬嗣・藤原緒嗣ら| |~続日本後紀|869年(貞観11年)|仁明天皇代|藤原良房・春澄善縄ら| |~日本文徳天皇実録|879年(元慶3年)|文徳天皇代|藤原基経・菅原是善ら| |~日本三代実録|901年(延喜元年)|清和・陽成・光孝天皇代|藤原時平ら| 古事記は国内向けの史書であり、支那の史書の書式である編年体ではなく、紀伝体で書かれているので、六国史に入らない。 (あくまで考えの一つ) #br #br >''勅撰漢詩集'' どんどん規模が大きくなる。 日本初の漢詩集は『懐風藻』であるが、『懐風藻』は勅撰ではない。 |詩集|成立年|天皇|主な撰者|説明|巻|h |~&ruby(りょううんしゅう){凌雲集};|弘仁5年(814年)|嵯峨天皇|小野岑守、菅原清公ら|日本で最初の勅撰漢詩集|全1巻| |~&ruby(ぶんかしゅうれいしゅう){文華秀麗集};|弘仁9年(818年)|嵯峨天皇|藤原冬嗣、菅原清公ら||全3巻| |~&ruby(けいこくしゅう){経国集};|天長4年(827年)|淳和天皇|良岑安世、菅原清公ら||| ⇒天皇中心の文学。文章経国の思想により文学は公的なものであるので、担い手は男性貴族だけ。 #endregion
#include(日本文学史・日本文学講義項目,notitle) #contents |BGCOLOR(#555):COLOR(White):200|520|c |BGCOLOR(#fc2):COLOR(Black):''分類''|''国文学科選択必修A群&br;国語科教員(国文学科・中国語中国文化学科)選択必修/書道科教員選択br;日本語教育選択''| |区分|[[国文学科]]科目| |履修形態|一般(人数過多の場合は抽選)| |履修条件|二年生以上| |単位数|2| |講師|[[袴田光康]]| |学位等|学士(文学)| *概要 [#Gaiyou] 平安時代の文学には漢文・和歌・仮名散文などの領域がある。 前半に漢詩文、後半に仮名文学を取り上げながら、特に「真名」(男手)と「仮名」(女手)の関係性から文学の流れを把握していく。 |>|成績割合|h |~2回の小レポート|100%| 基本的に代替課題や再試験はない。 #br 教科書はない。 この科目は文理学部(学士(文学))のディプロマポリシーDP1及びカリキュラムポリシーCP1に対応している。 *講師の印象 [#Inshou] *令和八年度(2026年度) [#jissinendo] #style(class=submenuheader){{ **後期 [#kouki] }} #style(class=submenu){{ |BGCOLOR(#555):COLOR(White):200|520|c |BGCOLOR(#fc2):COLOR(Black):授業形態|対面授業| |日程/教室|火曜日 三限目/3203教室(三号館二階三番教室)| 第8回と第15回の授業では課題研究(小レポート)を実施 ***第一講目の内容 [#kouki1] 日本文学史はドイツの文学史を手本とし、国学に基づく。 国民国家を前提としているにも関わらず、源氏物語をカノン(聖典)としている。 (カノン(聖典)は、研究者や世間が評価している物のこと。批判的な意味で使われる。) #br 源氏物語はスキャンダラスな内容であり、天皇制に挑戦的である。 なぜ、カノン(聖典)として扱われるのか。⇨小説であり、作者が女だから(ドイツの影響) #br 当時は和歌が最高位の文学 源氏物語は、和歌の素材に選ばれるので読まれた。 #br #br 文学史は取り上げ方による。 プレテキスト(先行作品)がどう影響したか、どのような差異があるかに着目する。 沖縄やアイヌを中心にした文学史も存在し得る。 #br また、漢字や仮名といった文字の違いも着目できる。 文字の使用は、性といった属性に基づく。 ***第二講目の内容 [#kouki2] #region(中古文学史と漢字文化) ''中古文学史と漢字文化'' |~上古|平安時代より前| |~中古|平安時代| |~近古|鎌倉時代・室町時代| 院政期は武家が台頭し、それまでの王朝物とは毛色が違う軍記物といった文学が生まれた。 中古文学史では、9世紀から11世紀を取り扱う。 #br >''律令国家'' 律(刑法)・令(行政法)・格(補足や改正)・式(細則)といった法制度をもとに 君主を頂点とした官僚機構によって中央集権的な支配を行う国家 隋や唐から律令を導入したと同時に漢文化そのものを取り込んだ。 漢文化の受容は日本のみならず、漢字文化圏では一般的なことである。 律令国家では[[漢文学]]を学ぶことが重視され、文章も漢字のみで書かれた。(仮名はまだ無かった。) >''&ruby(りっこくし){六国史};'' 紀伝体ではなく、編年体で書かれている。 |史書|成立年|範囲|編纂|h |~日本書紀|720年(養老4年)|神代から持統天皇代まで|舎人親王ら| |~&ruby(しょくにほんぎ){続日本紀};|797年(延暦16年)|文武天皇代から桓武天皇代まで|菅野真道・藤原継縄ら| |~日本後紀|840年(承和7年)|桓武天皇代から淳和天皇代まで|藤原冬嗣・藤原緒嗣ら| |~続日本後紀|869年(貞観11年)|仁明天皇代|藤原良房・春澄善縄ら| |~日本文徳天皇実録|879年(元慶3年)|文徳天皇代|藤原基経・菅原是善ら| |~日本三代実録|901年(延喜元年)|清和・陽成・光孝天皇代|藤原時平ら| 古事記は国内向けの史書であり、支那の史書の書式である編年体ではなく、紀伝体で書かれているので、六国史に入らない。 (あくまで考えの一つ) #br #br >''勅撰漢詩集'' どんどん規模が大きくなる。 日本初の漢詩集は『懐風藻』であるが、『懐風藻』は勅撰ではない。 |詩集|成立年|天皇|主な撰者|説明|巻|h |~&ruby(りょううんしゅう){凌雲集};|弘仁5年(814年)|嵯峨天皇|小野岑守、菅原清公ら|日本で最初の勅撰漢詩集|全1巻| |~&ruby(ぶんかしゅうれいしゅう){文華秀麗集};|弘仁9年(818年)|嵯峨天皇|藤原冬嗣、菅原清公ら||全3巻| |~&ruby(けいこくしゅう){経国集};|天長4年(827年)|淳和天皇|良岑安世、菅原清公ら||| ⇒天皇中心の文学。文章経国の思想により文学は公的なものであるので、担い手は男性貴族だけ。 #endregion ***第三講目の内容 [#kouki3] //歴史を完全に中立から記すことは出来ない。⇒物語の一つ //#br //律令国家では //官僚として歌を詠んだ。 //嵯峨天皇時代のみ ***第四講目の内容 [#kouki4] ***第五講目の内容 [#kouki5] ***第六講目の内容 [#kouki6] ***第七講目の内容 [#kouki7] ***第八講目の内容 [#kouki8] ***第九講目の内容 [#kouki9] ***第十講目の内容 [#kouki10] ***第十一講目の内容 [#kouki11] ***第十二講目の内容 [#kouki12] ***第十三講目の内容 [#kouki13] ***第十四講目の内容 [#kouki14] ***第十五講目の内容 [#kouki15] }} *コメント [#comment] #pcomment(,reply,2)